タタミのあなみずのブログ

あなみずの施工例や暮らしに役立つ情報をご紹介します。

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昔の子育てと職人見習い   独り言・大事な物

昔の子育てと昔の職人の見習いは皆同じであった。

親が子を抱(かか)えこまない子育て      「子育てナビ」から

西郷隆盛(さいごうたかもり)や楠木正成(くすのきまさなり)の銅像の製作者である彫刻家高村(たかむら)光雲(こううん)は嘉永(かえい)5年(1852年に江戸下谷(したや)の長屋(ながや)に生まれ(うまれ)、自叙伝(じじょでん)「12歳になると、奉公(ほうこう)にでるのが普通」だった。と書いています。

「13、14歳になると、ちとトウが立ち過ぎて使う方でも使いにくくて困る(こまる)」14歳になってぶらぶら子どもを遊ばしておく家があると「あれでは貧乏するのも当たり前だ。親達の心得が悪い。」と世間の口がうるさかったものだから「11、12歳は奉仕(ほうし)の適齢期であって、それから10年の年季(ねんき)奉公(ぼうこう)。それが明けると一年の礼(れい)奉公(ほうこう)それを努め上げないとろくでもない者(もの)と町内でも排斥(はいせき)された ものでした。」

光雲(こううん)が奉公(ほうこう)に出る時に父親が「今までは親の側にいて我慢が出来て(できて)も、明日からは他人の中に出ては、そんなことは出来ぬ。それから師匠(ししょう)様始め目上(めうえ)の人に対し、少しでも無礼(ぶれい)のないように心がけ、何事があっても皆自分が悪いと思え、申し訳や口答えをしてはならぬ。

一度師(いちどし)の許(もと)へ行ったら、二度と帰ることは出来ぬ。もし帰れば足の骨をぶち折るから左様(さよう)に思っておれ。」と言っていいます。庶民(しょみん)のための育児書(いくじしょ)「撫育(ぶいく)草(ぐさ)」(1803年の「丁稚(でっち)教訓」でも同じことを言っています。

要(よう)するに子どもをいつまでも親の懐(ふところ)に抱え込む(かかえこむ)のではなく、一定の年齢になれば師(し)に託し(たくし)、あるいは他家(たけ)に奉公(ほうこう)に出すことで子どもを自立させてゆく。親が選んだ師匠(ししょう)に託す(たくす)のだから師(し)を信頼し、きっぱりと全面的に託します。師(し)は自ずから(おのずから)姿勢を正し手習い(てならい)を教え、職業を教え子どもの成長を全面的に引き受けます。
これは地域社会の親たちのたちの連携(れんけい)によるすばらしい子育てではないでしょうか。


余談
私の親方も同じようなことをいつも言ってような気がします。また、60歳以上で住み込みで、見習いから始めた人は、皆、同じ環境で育ったはずです。

このような時代から、相手を信じ、社会に溶け込んで行ったのです。日本人の心、今で言う「おもてなし」を覚えて行く社会だったのですか~ね

物事を覚えるには、若いときが一番大事だと言う事です。(親離れ・子離れを早くすること)

畳の上で、ちょと考えてみませんか?



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親の愛            独り言・大事の物

「子育て/子育て関連情報」より

「頭のよい子」が育つ食卓の共通項

親であれば、やはりわが子は頭のよい子に育ってほしいもの。今回は『頭のよい子が育つ』シリーズで大人気の、四十万靖先生に頭のよい子を育てるコツについて伺ってきました。


執筆者:飯野 耀子

2006年の発売以来、そのコンセプトをもとに建てられた住宅までがある『頭のよい子が育つ家』という本があります。今回はその本の著者、四十万靖先生に頭のよい子が育つ食卓作りについて伺ってきました。


頭のよい子が育った家庭の共通項

お笑い芸人はなわ邸も指南したテレビでもおなじみ、「頭のよい子が育つ家」。 四十万先生の著書、『頭のよい子が育つ家』ではこんな法則が紹介されています。一流中学に合格したお子さんの家庭を調査した結果、出てきた法則が、

「成績のよい子は勉強部屋ではなくて食卓で勉強していた」

ということ。これは彼らに勉強部屋が与えられていたにもかかわらずです。事実、一流中学→高校→東大法学部→官僚という絵に描いたようなエリートコースをたどっているガイドの友人も、勉強は食卓やリビングでしていて、自分の部屋ではしていなかったとのこと。これは子供の頃だけではなく、大学に入ってから、国家I種試験の受験勉強の際も変わらなかったそうです。

なぜ成績のよい子供に勉強部屋ではなく、食卓で勉強する子が多いのか? そこには、お母さんとのほほ笑ましい信頼関係というコミュニケーションがありました。


成績がいい子は、母子コミュニケーションが頻繁

コミュニケーション論が四十万先生の専門。それはビジネスの場でも活かされています
頭のよい子が育った食卓では、どんな料理が出されていたのでしょうか? メニューはいろいろあります。肉じゃがだったりミネストローネ、豆腐ハンバーグなど。特に高級食材が使われている料理でもなく、目新しいお料理というわけではありません。 なぜこれらが成績の良し悪しに関係あるのでしょうか? 四十万先生に伺いました。

「それぞれの料理に子供たちは思い出を持っているんですね。これは『頭の良い子が育つ家』の構造やコンセプトにも関係してくることなのですが、私が調査した結果、成績の良い子が育った家庭というのは親子、特に母子コミュニケーションが実によく図られている家庭であることが特徴です。子供たちにとって母親がそばにいる環境で勉強することが『安心』に繋がっていたり、『親に褒めてもらいたいから頑張る』など親が好きで、親に認めてもらいたいという憧れや尊敬を含めた『頑張り』を持っていたケースが多いですね。

食卓の思い出に登場するメニューは料理だけでなく、コーヒーなどの場合もありましたよ。これは父親との食事の時間をあまりとれない家庭で、家族が食卓でコミュニケーションをとるために夜のコーヒータイムというのを父親の帰宅時間にあわせて作っていたんですね」

なるほど! しかし現代では親子のコミュニケーションが希薄だったり、仕事を持つ女性が増えるなど、子供の勉強時間に食卓の側にお母さんがいられない環境のご家庭もあります。現状、理想的な環境がない場合、どのような働きかけをすれば「頭の良い子が育つ環境」が用意できるのでしょうか?


余談
昔、40年前は皆、夕飯時には、茶の間(お勝手の近く)で勉強(宿題)をしていたと思います。また、親も子供も一日の行動を話し、泣き笑いをしていたと思います。

それも、ちゃぼ台で正座して・・・・

当時は、親の愛が溢れていましたよね~ 


つづく

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人は皆「さみしい」のでは     独り言・大事な物


日本人情緒の復活が日本人再生の鍵  「連載 JP」より

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日本に苦言を言いたくなるときは、特にいじめの卑怯さを思うとき。また警察官の不祥事も多すぎる。日本語ニュースの限られた放送時間で、流されるのはいじめと警察官の不祥事のニュースは哀しいかな常連のニュースである。


なぜ、どうして、ここまで日本は情けないことをしでかす人が多くなってきているのか。子供のいじめから五十路を超えた警察官の覚せい剤使用、昨日あたりは警察官が自宅に拳銃を隠し持っていて逮捕されたことも放送されていた。


警察は国民の犯罪を取り締まるのでなく、身内で犯罪を起こし、身内を取り押さえる。本末転倒も甚だしいが、こんな大人を見ている子供達にいじめをなくそうと言ってみても、どうかな?……と正直思う。


海外に生活する日本人は離れているからこそ、日本に心を向ける。日本を離れたくせして、その日本にいないからこそ気になる。そういう現状をご理解いただいて、私なりに今の日本の歪んだいじめや不正を考えてみると、日本の情緒を感じ入る感性が鈍っているのではないかと思う。


日本には元来素晴らしい伝統や芸術があった。浮世絵はゴッホやルノアールに大きな影響を与えた。黒澤明や小津安二郎は欧米の巨匠映画監督たちをを大きく刺激した。ケネディー大統領は江戸時代の米沢藩主、上杉鷹山を尊敬していた。上杉鷹山は知らなくとも「なせば成る 為さねば成らぬ何事も」の名言はご存知の方も多いと思う。


日本はあまりにも日本的なものを自ら放棄しているような気がする。後ろから見れば北欧の女性に思うような髪の色に、表に回ればバサバサと重そうなつけまつげ、美容整形の二重まぶた作りもお手軽になり、少女マンガのような大きな瞳に星が光るような女性が街を歩く。


その女性達は古典を読まないと思う、日本史を勉強しないと思う、お茶を点てられないと思う。その女性達は電車の中で平気で化粧する技術は持っていると思う、男達に媚びる心得があると思う、トイプードルには興味を示すけど雀には興味を示さないと思う。


いじめをする男子生徒達は、真面目であることがカッコ悪いと思っていると思う、勉強をしないと思う、根性がないと思う。その男子生徒達は、ゲームが好きであると思う、群れていないと行動できないと思う、精神がひね曲がっていると思う。


知らず知らずに自国の美徳を失ってきているようである。


早朝玄関掃除をする、畳の生活、寄席に行く、落語を聞く、近所の方々に挨拶をする、帽子をかぶった男子生徒は帽子を挨拶時には脱いで礼儀正しくおじきをする。これらをもし実行している男子学生がいたら、いじめに加担はしていないと思う。


夏の暑い日でも肌をモロダシにすることなく、涼しげな木綿のブラウスを爽やかに着こなし、姿勢正しく電車やバスにのり、座っているときにはきちんと脚を揃え、立っているときも凜とした空気も欲しい。こういう女性達が増えると、やたらめったら痴漢逮捕者も出さずに、少しは治安もよくなるような気がする。


日本には日本の良さがある。その良さの継承が日本人を育てていくと思う。日本人としてもう一度日本文化に触れてみることが、上からお仕着せの「いじめをなくそう」より、結果が出るような気がする



余談
タレントの毒蝮三太夫さんが言っていた言葉で「人に、おせっかいをしよう」
今の日本の社会は人に関わりがない社会に成ってしまったからと、言っていました。

人は、皆 「さみしい・人を恋しい」のではないか?
自分の周りの人と向き合ってみませんか!

また、声をかけてみませんか!
「おはよう? こんにちわ? お元気ですか?」 と

これも、他人への「お・も・て・な・し」ではないですか?

畳の上で「大の字」になって考えてみてください。





日本人と柔道            独り言・大事な物

日本文化における畳と柔道における畳。

「いにしえの自然と奮闘記」より http://blogs.yahoo.co.jp/ekohousu2006


柔道には欠かせない畳について話したいと思います。

前置きとして畳の話しは、神話や神様、歴史、文化など一緒に書かれていることから現代人にとってわかりにくいですが、嘉納治五郎師範、柔道の発祥である明治初期のその時代に生きた人達が現代人以上に神話や神様、異文化の遭遇を身近に感じていた頃の人々の考えを察していただければ(タイムスリップ)見えてくるもことかもしれません。

日本人に割りと近くにある畳。マンションや住宅の広さにも使われる何畳とはフローリングでありながらも何畳と今だ示される。寝て一畳、起きて半畳という言葉もありますが、畳のことは面白いほどに日本人ですら知られていない。

身近な存在だからこそからかもしれませんね。柔道の伝統、文化というときに歴史的な日本の畳についてはまったく記されていないこともあり、辞典に載ってない本当のお話しをしたいと思います。

古来の畳の芯材は稲藁を麻糸で縫い、表面のゴザはイ草やカヤツリグサを織ったものを使ったものであるが、日本一最古の現存する国宝の畳を知っているだろうか?

畳は中国や韓国から伝来したものではありません。日本固有のものですが、日本最古の畳は奈良県大仏殿の北西に位置する「正倉院」に聖武天皇(724年- 749年)と皇后が使用された畳が1200年以上現代に残されています。

最古の畳は天皇の象徴の座として使われ国を司る神事にも重要なものとしてあります。古来から布団や座布団の原型、原点でもあることから日本人にとっても親しみのあるものです。「正倉院」に残される聖武天皇と皇后が使用された畳の芯材はイネ科であるマコモという草である。

このマコモはお釈迦様が病人をマコモの筵(むしろ)に寝かして癒したという神話は日本のみならずインドに残されているように、そのマコモを使った筵を畳の芯材としておお麻や獣の糸で縫い畳表はいぐさを使い加工している。その後、永い日本の歴史から畳の芯材は天照大神に由来する命の根といわれる同じイネ科である稲藁が使われている。稲がなると書いて稲荷、稲荷神社は日本人の主食となるお米や稲の神様である。

考古学では、奈良県に唐子・鍵遺跡ミュージアムには、弥生時代である約2000年以前のおお麻糸と現代の織職人には再現できないほどの麻布と畳表(ござ)に織られるイ草が出土されている。宗教上おお麻やイ草が使われていたというがわかるが、聖武天皇の畳以前にさかのぼること2000年以前に素材として存在していたことは歴史的にも重要なことである。

私達日本人にとっても主食のお米は日本の神々におけるものであり、近年までも身近な存在でり、日本人を生き永らえた大切なものでした。

嘉納治五郎師範が神聖な畳とは、たんなる床材でもマットではないことは言うまでもないのでしょう。
現在、柔道はJUDOになり畳はビニール・プラスティック素材となり、海外ではジョイントパットまでも畳といわれ、会場一面に敷かれるレスリングマットは日本人として悲しいことかもしれません。言っておかなければならないがビニール素材のJUDOマットは悪いわけではない。怪我を少なくし年齢関係なく多くの国々の人達に広がるものとしてマットは有効です。ただ日本人として日本から世界へと「道」が受け入れられ嘉納治五郎師範の柔道であり日本の文化を継承するものであるのであれば、古代から繋がる人々の思いや精神を忘れることは悲しみが残るのではないだろうか。

嘉納治五郎師範は近代における教育の父ともいわれる偉人である。
1882年 上野稲荷町にある永昌寺の敷地に12畳の道場と7畳の書院を設け、柔道、講道館を立ち上げますが、この明治初期当時の柔道とはどれも知られておらず、日本の文化と繋がりのある「畳」を通して将来の日本における教育と精神を広げていったのである。また、その「道」にある道徳心や日本人の精神は「共存共栄」であったのでしょう。


この嘉納治五郎師範が研究に継ぐ研究をして作り出された柔道畳は、畳を柔道に使った1882年頃の畳は構造上により柔道にまったく適していなかった。この頃の畳は一度に投げ技をすればたちまち畳のゴザの経糸は切れて見るも無残に成っていったことは検証済みです。本来畳の上では飛んだり跳ねたりする目的では作られておらず、昔の人は畳の上では静かにする、畳の縁を踏まない、畳の縁を踏むと縁起が悪いまでいわれ、多く使われていた寺院でも座禅でも使われるように華道、茶道の日本人の精神を高めるものとしてもあったのだ。

だからこそ素材を変えて製法までも劇的に変えることまでした嘉納治五郎師範の執念たる思いは並みの考えではなかったのである。また、この畳を進化する再に天皇家や公爵、男爵といった皇族専属の畳職人と知り合いになり息子までも「柔道は永遠にあるのに畳屋一代では困る」と説得を重ねており最終的には講道館専属の畳職人になっていくのだ。畳なくして柔道にならずという思いは創設者と教育の父といわれる存在でなければわかりえないものであったのであろう。

私どもが今、柔道の畳を復元しているのも柔道に留まらず古来の日本人より繋がる強く、やさしく、美しくとなる武士道や精神を未来のこどもたちに戦争の無い、戦争の過ちを犯さない平和を伝えていくものでありたいと願いを込めて取り組んでいるのである。


余談
日本も、今、世界のJUDOと同じようになりつつあります。本来の畳では無く、ビニール素材のJUDOマットに全てが成りました。では、柔道の精神はどのようになりましたか? 柔道の精神は人に「勝」だけですか?

柔道=嘉納治五郎師範の神髄が解ると思います。

畳は、日本人の精神そのものです。
それは、「道」=「お・も・て・な・し」です。



アレルギーの原因         独り言・大事の物

「洗剤メーカー」から

第一弾 アレルギーの原因の一つハウスダストはこうして取り除く!

肌についたハウスダストが・・・お部屋の空気きれいですか?!
目に見えないほこりが飛んでいます。

ハウスダストを取るお掃除?!
「 このごろお部屋が、ほこりっぽくて、なんだか昔よりほこりが多くなったような気がする。」
咳が出るのよね・・・この部屋!とよく言われます。

[どうすれば、ほこりはなくなるのかしら?
毎日掃除機かけているのに・・・マンションは、ほこりが増えるの?

あなたは、疑問に思っていませんか?なぜほこりがおおいのか?
マンションだから増えたのではありません。高気密高断熱のマンションでは、掃除のやり方を変えないと

ほこりのことをきちんと知ってやらないと、ほこりは取れないのです。
ほんとうの掃除のやりかた

お掃除は、どうやってやってますか?

100人の主婦に聞いてみたところ、90人の主婦が、まず、掃除機を出して、掃除機をかける。
それから、化学雑巾で、ふき掃除。それできれいになるとのことです。でも気が付くと、さっき掃除したのに、ほこりが棚の上にのっているのよね・・・・・と

窓を開ける人はほとんどいませんでした。
それでは、ハウスダストは、なくなりません。テレビで、特殊な撮影法で、ハウスダストを、見せているのを見たことありませんか?

空気中のハウスダストを、掃除機が吸い込んでいる様子を!吸い込まれたハウスダストは、掃除機を通って、排気口から噴出されている様子をみませんでしたか?ロケットのジェット噴射のように

そうなんです。残念ながら、掃除機からは、ほこりが噴出されていくのです。
それを防ぐ掃除が必要なのです。それを防ぐ掃除方法が窓を開けて、空気の出口と入り口を作って、まず、ふき掃除、で、お部屋の細かいほこりを濡れた雑巾で、ふき取り。取り除くと

かなりきれいになります。昔からの雑巾がけが必要です。化学雑巾では、ほこりが舞い上がっています。毎日こまめにやるのなら、化学雑巾でもいいのですが。昔からの雑巾がけがいいですね。それから、掃除機がけで、残った大きなほこりを簡単に取ってください。

掃除機の排気口は外へ向けてください。いままでの普通の掃除の順番を入れ替えた新しいやりかたです。
ある掃除方法の実験

ハウスダストを充満させた部屋で、
1.掃除機をかけて、ふき掃除をする方法
2.ふき掃除をして、掃除機をかける方法
3.掃除機はかけないで、〇〇ワイパーで、ふき掃除をする方法

以上3つをやってみたそうです。

どの方法が、一番ハウスダストを少なくすることができたでしょうか?もうお分かりですよね。このページを読み進んだ方は、2.と答えますよね。

その次はどれでしょう。掃除機をかけない方が、ハウスダストには、効果がありました。
2→3→1の順にハウスダストは少なかったのです。
2が一番少ない。1は、ハウスダストの数はほとんど変わらなかったそうです。

ほこりを舞い上がらせるだけの掃除機かけは止めてください。ふき掃除だけでも効果があります。掃除機を過信しないでくださいね。ハウスダストには逆効果です!この方法だと、いままでの掃除法よりもほこりを少なくすることができます。

掃除のポイント  
今までは掃除機をかけてそれからふき掃除だったけどこれからは 先に拭き掃除、後で掃除機がけ!舞い上がる可能性のある細かいほこりを先に拭き取り、砂ぼこりや髪の毛など大きなごみを掃除機で吸い取るという、新しいやり方です。


第二弾につづく
余談
畳の部屋はは多少の湿度を保っています。フローリングの部屋より乾燥をしません。畳の部屋がきっと良いはずです。また、朝晩、数分でも良いですから窓の開け閉めをしましょう。窓の開け方は二か所で、入口を大きく開け、出口を小さくして下さい。風の勢いが解ります。先ずは、確かめてください。
健康の為に・・・
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畳の必要性、不必要性  独り言・大事な物

畳の必要性、不必要性
また、長くて申し訳ありません。畳の歴史です。



今とは違う、昔の畳

「日本正座協会」より 第19回 今とは違う、昔の畳



畳は、やっと庶民の手に届く、身近なものになったのですが、
 皮肉なことに、そのとたんに需要は急速に減少してしまいます――

畳といえば、日本の昔話の映像には、頻繁に登場する場面が見られる。中でも、人里離れた畑で百姓をしながら、貧乏暮らしをしている老夫婦が、「じいさんや、今日の夕飯は奮発して、久しぶりに米でも食べましょう」
などと言いながら、米3粒を水の入った釜に入れ、煮込み、ボロボロになった畳の上で、慎ましやかに食事をする場面が思い起こされる。
なんという貧乏。
なんという暮らし。
まさに、お涙ちょうだいの物語です。(そんな話ではなかったと思うが)

……しかし、私はそんなことを書きたいのではない。話はここからだ。本から抜粋して冒頭に表記した一文を、もう一度読み返してみてほしい。そして、最後まで読み終えたとき、恐らくあなたは思うだろう。
「じいさん、ばあさん、その畳、どうやって手に入れた!?」
と……。

「座り方の変遷を見る上で大切なことの一つに、住宅の歴史があります」 著者は言う。
確かに、生活様式が変われば、座り方も変わる。極端すぎる話、サバンナ生活で正座をする人はいないに等しいだろう。著者は、その日本の生活様式で特に重要な意味を持つものが、「畳」だと述べている。畳と正座は、深く関連していると。その本来の畳の使い方について、著者はこう記している。「畳は本来、寝具や、今で言うマットの役割を持っていました」これを見た瞬間、私は、自宅の和室を一瞥し、畳の上でベッドよろしく跳ね回る子供を想像し、「ウソだぁ~」と思ってしまった。

私の記憶上「イグサの青い良い匂いがする~」と仰向けに寝そべったはいいが、イグサでキッチリ編まれたはずのその畳は容赦なく固く、数分後には背中を痛めて起き上がった経験しかない。しかし、それは著者の次の言葉で納得することができた。「当初は、稲の藁を束ねただけでしたが、藁が当たってかゆくなったり痛くなったりしないよう、また藁のクズが出ないよう、徐々に藁束を袋状のゴザの中に収納するようになります」 なるほど。
つまり、これを読む限り、昔の畳と私の知る現代の畳は、かなり作りが違うようなのだ。

更に、この畳の文化について、著者はこう記している。「日本は歴史的に多くの事物や制度を中国や朝鮮半島から取り入れてきましたが、畳は例外の一つといわれます。畳は日本人が独自に考案し、発展させてきたと考えられています。確かに中国や朝鮮半島では、歴史的にも現在も、畳は使われていません」これは嬉しい事実だ。
アメリカで長く暮らしている友人も、その国に「畳は無い」と言っていた。そして、お隣中国(台湾)にも、やはりそれは無いと聞いた。

日本の日常で使っている漢字も最初は中国から入ってきたものであり、なんだかんだ歴史的には中国にはお世話になってきた。 隣の国であるし、尊敬すべき思想家がいた国であるし、似たような外見・アジア人であることから、外見・文化の大きく異なるヨーロッパ人より安心して接することができたのだろうか。様々な文化が入ってきたそんな中ではあるが、「畳」は紛れもなく日本の産物なのだ。現代、原点を振り返ろうとしても、どこが発祥の地か分からないものが混在する中、胸を張って、印籠のごとく「これぞ、日本文化です!」と言えるものなのだ。
 
まぁ、どこが発祥の地であろうと、そこから独自に発展させ、極めたものであれば、それはもう自国の文化として扱ってもいい気がするが、やはり完全オリジナルというのは、また違った文化の味がある気がして、嬉しいのだ。
これだけでも、また一つ、日本が好きになれる。

さて、昔の敷物といえば畳ばかりが頭をよぎる私の脳内だが、著者は、「鎌倉時代の武家造りまでは、ごく一部を除き、床は板張りであったと考えられています」と記している。板張り……いわゆる、海外でおなじみのフローリングかと思ったが、当時の海外の板張りの床より、クツを脱ぐ文化の日本の方が、板張りの床はツルツルして綺麗だったようだ。だが、これについては別の話なので、またの機会にすることにする。

先ほど、「鎌倉時代の……」と、本からの抜粋をしたが、著者は、「畳が登場するのはずっと以前」だと語っている。それはなぜか。著者の言葉はこうだった。たとえば、『古事記』には「皮畳」「絹畳(きぬだたみ)」「菅畳(すがだたみ)」、『万葉集』には、「木綿畳(ゆうだたみ)」「八重畳(やえだたみ)」といった文字が見られます」「皮畳は毛織の敷物、絹畳は絹織布の敷物、菅畳は菅(すげ)で編んだ敷物、木綿畳は楮(こうぞ)の繊維で作った敷物、八重畳は幾重にも重ねて敷く敷物といった意味です」「その形状は現在の畳とは異なる点が少なくないでしょうが、それでも今に通じる畳が奈良時代にすでに存在していたことは興味深いことです。これによって、古代の日本では、さまざまな素材の敷物を「畳」と呼んでいたことが分かります」
これには驚いた。

元来、【厚いイグサの編み物】=【畳】だと思っていたので、その歴史には驚きである。

そこから発展して、著者の話はまだ続く。「平安時代には、畳は極めて贅沢な品物になります。厚みは増し、縁の柄と色、材質まで細かく厳選されるようになりました。畳は衣装や帽子と同じく、公家、僧侶の格を表現する手段となり、一般庶民は一枚でも使うことが禁止されていました」「『源氏物語』のいくつかの場面を絵画化した『源氏物語絵巻』には、板張りの床に畳が置かれ、座具と寝具を兼ね揃えていたことがうかがえます」なるほど。
つまり、昨今流行っている畳ベッドというものは、原点回帰であったのだろうか。

そんなにも贅沢品だと言われたら、急に欲しくなってくるのが人の業。業といえば、著者はこんな面白いことを記している。「鎌倉時代の絵巻物『北の天神縁起絵巻』には、長者の屋敷が火事になっている絵があります。屋敷の敷地は大混乱の様子で、畳を抱えて走っている人物の姿も見えます」「武家などごく一部の上流層のあいだではすでに使われていた畳は、火事になったら真っ先に運び出すほど貴重品であったことがうかがえます」

真っ先に畳を運び出す……今となってはその光景は、やかんやまくらを持って走り回ったり、タンスを「火事場の馬鹿力~!」と持ち逃げするような奇怪な行動に見えるが、本気でやっているところを見ると、当時はそれほどまでに高価だったことがうかがえる。畳が大切な時代……。この話は、文化は変わったな……と思わせられるものの一つである。畳より命の方が大切なのは、言わずもがなである。

ふと、ここで一つ疑問が湧き起こる。 何枚もの畳を運ぶのに、いったい何往復したのだろう……。畳を助けているその間に、人間が助からなかったことなどはないのだろうか……などの疑問である。だが、心配ご無用。これについても、著者はバッチリと記していた。「畳は本来、今のように敷き詰められてはいませんでした。鎌倉時代あたりまでは、一般的には「置き畳」のスタイルでした。置き畳は、その名のとおり床の上に畳を置きます。つまり、常時敷いているものではなく、必要に応じて、ほかのところから運んできて敷くのです。イメージとしては今の布団と同じでしょうか」
 
これで、畳の扱われ方やどうしてすぐに持って逃げられたかが理解できた。著者いわく、『松崎天神縁起絵巻』には、炉を囲んで置き畳が敷かれている様子が描かれているようだ。そして、その置き畳の上にしとねを敷いて横になる女性の姿が見受けられるという。
これは、まさに、軽量型畳ベッドである。

と、ここまでで、置き畳の用途などは分かったが、私たちのよく知る和室の畳は、置き畳ではない。いったい、いつからこのようなスタイルになったのだろう。それについても、著者は、こう記している。
「移動して使用していた畳が敷き詰められ、固定して使われるようになったのは室町時代と考えられています。すると、その場所は「座敷」と呼ばれるようになりました」「座敷は本来「畳を敷き詰めた部屋」の意味で、この言葉はもちろん今でも使われています」なるほど、敷き詰められた畳、今の和室の形になったのは、ちょうどこの頃だという。江戸時代ではなく室町時代というところが、私には歴史を深く感じられる気がする。

話は続く。

「この座敷のある家の造りは、書院造りの一つの特徴でもあります。書院造りの基本形態は床の間、明かり障子、天袋、地袋、そして畳などです。この書院造りがのちの和風住宅のもとをなしているのは間違いありません」歴史の本に出てくるような書院造りが、日本家屋の元になっているなんて、驚きである。日本は、建国の浅いアメリカ等の国とは違い、比較的長い歴史の上に成り立っているから、このようなことが、現在の日本人の生活の元であることは沢山あり、おかしくはない。だが、なんとなく「書院造りが元だよ」と言われると、何か深いものを感じてしまう。

だってそれは、洋風の暮らしを取り入れた現代の生活の中にあるのだ。ふと、家の中を見わたせば、皮張りのソファの部屋の隣には、書院造りの間があるなんて……。こんなにも書院造りに食いつくのは、私だけだろうか。

まぁ、その書院造りに喜ぶのもさておき、著者は次のように続けている。「桃山時代に完成したといわれる書院造りはしかし、一部の公家や武家、僧侶が使っていた住宅で、庶民にはやはり無縁だったはずです」やはりここでも、当たり前のように上流階級が先である。しかも、どうやらその理由は屋根の造りにあるらしい。著者はそれを次のように述べている。

「当時、庶民の住宅の屋根は藁でできていました。藁葺きの屋根では、雨漏りしがちです。畳も藁でできているため、水に濡れるとすぐにカビが生えたり、腐ったり、時にはキノコが生えたりします。これでは、せっかく畳を敷いても、雨が降るたびに台無しです」

なんと、キノコが。
キノコが生えたなどと聞くと、なんだか可愛らしいような、食糧になるんじゃないかというような気がしてくるが、実際に生えてくるキノコは、もっとオドロオドロしいのだろう。何というか、胴体の無い笠だけの、しかも、いやに白かったり灰色だったりするモコモコしたようなイカツイキノコなのだろう。頼んでもいないのに家や風呂場に勝手に生えてくるキノコなど、強かに決まっている。……とまぁ、これは根拠など無い、ただの私の偏見に満ちたキノコ的印象である。何はともあれ、そんな食べられないキノコが「我も、我も」と生えてくるなんて、断固お断りである。

一方の上流階級の屋根は、瓦でできていたそうだ。 雨漏りをしないから畳を敷くことができる。理にかなっている。と、なると、ますます冒頭の老夫婦が怪しくなってくる。もしかしたら……彼らは、ただの老夫婦じゃないのかもしれない……。

それはさておき、著者は、この桃山時代の住宅は、土間と板間がほとんどだったと述べている。「土間や板間で正座をしたら、痛いのは当たり前です。ということは、少なくとも安土桃山時代までの庶民が日常、正座をしていたとは考えにくい」本当、そうである。どこでも正座をすりゃぁいいってもんじゃない。凛とした気持ちになれる正座も、場所を間違えれば拷問になる。

また、著者は、
「たとえ畳が敷かれていたからといって、何も好きこのんで痛い思いをするとは、やはり考えにくい。特別な動機づけがない限り、人は苦痛を伴うことをしようとは思わないからです」とも記している。確かに、私自身、正座という姿勢は、慣れるまでは決して楽な姿勢ではないと思う。特に、武家や公家は、いちいち痺れていては仕事にならないだろう。人は、いくら物が揃っていても、時期が来なくては、「そこに山があったから登った」というように単純な理由ではいかないのだろうか。


身分による畳の使用の制限もあったようだ。「手に入れば誰でも使えるわけじゃないのか」とも思ってしまうが、それは、畳をよく見れば分かることであった。著者の本には、こう書いてある。「畳は権力の象徴でもあり、とりわけ縁の材質などで身分や地位を表していた時期もあるようです。たとえば、徳川家康の座っている畳は厚みが十分にあり、縁もいかにも最高級といった感じがします」
厚みもさることながら、縁に注目したい。幼い頃に、「畳の縁は踏んじゃだめだよ」と、言われた方もいるのではないかと思う。


私は祖母に言われたことがあるが、理由は「畳の縁から、刃物が出てくるかもしれないから」ということだった。
何……その恐ろしい家……。幼心に世にも奇妙な話を植え付けられてしまった私だが、どうやらそれは、こう解釈できそうだ。畳は高級だから、上流階級の者が使うものだった⇒上流階級……例えば、殿様の住む城には、スパイも来るだろう⇒忍びは、畳の下や天井裏に身を潜ませ、刃物を出して暗殺をしたりしたのだろう。
という風なら分かるが、なんとも恐ろしい話である。

だが、更に考えてみると、それは「畳の縁の材質などで身分や地位を表す」ということから、縁を踏まないように伝えられてきた怪談、一種の教えのようなものだったのかもしれない。 聞くところによれば、昔の良家は、畳の縁に自分の家の家紋を入れていたそうだ。そうくると、もう縁を踏むなんて恐れ多いことはできないはずだ。
ちょっとした小話の中にも、色々な歴史が隠れているのだなぁ、と思った思い出である。


ここまでで、貴族と庶民の違いを話してきたが、そもそも庶民とはなんなのか。その疑問も、本書には、分かりやすく記されていた。「時代劇を見ていると、江戸時代には、それこそ武士と町人しかいなかったと錯覚してしまいそうですが、もちろんそんなことはありません」「武士と町人を除いた残りのほとんどは農民です。これこそがまさに「庶民」といえます」

「明治時代も、庶民とは農民であると言って差し支えないように思います。そうすると、畳が庶民に普及したのは、やはり明治時代以降と考えるのが妥当です」「庶民を農民やごく普通の町人と考えるのなら、畳が庶民に普及したのは明治時代と考えるべきでしょう」なるほど、「庶民」の解釈次第で、二つの説が出てくるようだ。
この「庶民」の位置づけは、昔の人に話を聞かなくてはなるまい。文献などはあるのだろうか。そもそも、あったとしても、そんなことを事細かに書いたものが存在すること自体が、謎であるが。

また、本書を読み進めていくと、別の床の存在が記されていた。少々長くなるので、要約させてもらうことにする。第二次世界大戦後でも、東京の下町は大雨が降ると、床上まで浸水してしまい、この時期も畳はまだ実用的ではなかったという。その時期には、畳ではなく竹の間というものがあった。なぜ、そのようなものが出てきたのかは、藁と竹を想像してもらえれば、すぐに気が付くだろう。竹は、藁と違って水をそんなに含んだりはしない。だから、気候にピッタリなのだという。

これを読んで、竹も藁も同じ植物という類からできているのにこんなにも違うとは……。改めて竹の独特さを感じた瞬間であった。そして、長い時間が経ち、時代は鉄筋コンクリートとアルミサッシという、密閉性の高い建物になってゆく。著者は、そのような空間では湿気がこもり、その湿気によってカビやダニが発生し、畳はそれらの温床になってしまうと述べている。同時に、アトピー性皮膚炎やアレルギーの原因にもなりかねないと。だが、実際には、アトピーなどの原因は畳だけでなく、かなり複合した要因があるという。 誰か権力のある人物が、「畳のせいだ!」とでも言ってしまったのだろうか。畳ばかりが目の敵にされてしまった時代があったのだそうだ。
 
そんな畳の不憫な扱われ方について、著者はこう記している。「畳は、第二次世界大戦を経て高度経済成長の時期に、やっと庶民の手に届く、身近なものになったのですが、皮肉なことに、そのとたんに需要は減少してしまいます」


畳の歴史は、波瀾万丈。
畳が敬遠されてしまったら、正座も段々と日常から外れていってしまうように思える。しかも、著者いわく、昔の畳は今よりも柔らかく、クッションがきいており、まるで座布団のようだったそうだ。それが、丈夫で変形しにくい畳に開発するにつれ、現代のような硬い畳になってしまったらしい。
これでは、畳と正座の仲は、ますます離れて行ってしまうのではないか……。

だが、今の時代、和室にお呼ばれをしたら、必ずと言っていいほど用意されているものがあるはず。
それは、誰もが畳とセットで覚えているだろう、座布団。畳と正座を救ったのは、座布団だったのだ。
 
著者は、それについてこう語っている。
「正座の普及にあわせて、畳の硬さを和らげるため、使われるようになってきました。現在のように、座布団の中に綿を入れるようになったのは江戸時代の中頃といわれます」そして、庶民に普及し始めたのは、大正時代からだと述べている。理由は、座布団に使われる安い綿が輸入されるようになったからだそうだ。確かに、いくら座布団が良い品でも、高くては普及することはできない。そう考えると、座布団が出回った時代よりもお手頃価格で買える時代に普及し始めたと考える方が妥当である。

更に、著者は興味深いことを記していた。
それは、次のようなことである。
「意外に知られていないようですが、座布団は長方形をしていて、縦に使用します。これは、正座をすることを前提にして作られているからです」

これには驚いた。 でも、言われてみれば確かに若干長方形である。
畳の上で使う用の敷物……つまり、高価な畳の上での座り方は正座であるだろうから、正座をすることを前提に作られたもの、それが、座布団……と。この座布団という当時のアイデアは、今の日本でも廃れずしっかりと残っている。これらの畳、正座、座布団の出来事を、著者はこうまとめている。「座布団の普及が正座を広めた」


さぁ、長い時を経てやっと手に入った畳という文化の結晶の上を、歴史を噛みしめるように踏みしめてみてもらいたい。私たちの先祖は……あるいは、輪廻転生があるのなら、その時の日本に生まれたかもしれない私たちは、きっと畳に憧れを抱いていただろう。やっとの思いで手に入れていたものが、今、ここに当たり前のようにあるのだ。

そして、そのありがたみを感じられたとき、あなたは理解し、驚愕するだろう。
高級であるはずの畳の上で、貧乏のどん底の暮らしを送っていた、その昔話の老夫婦の不可解な生活に……!!


余談
畳の歴史は日本人の歴史と言っても過言ではありません。!!
今、話題の 「おもてなし」 こそ 座・和 生活そのもののです。
大事にしましょう。日本の文化!




畳の必要性、不必要性  独り言・大事な物

畳の必要性、不必要性
色々なご意見があります。長いですがお読みください。
     「sooda:Q&A」より



今だに「6畳和室」がある新築マンションが多いですが、科学的に考えて清潔さの度合いではフローリングに軍配が上がると思います。なのになぜ畳にこだわる方が多いのでしょう。

「掃除をしなければフローリングも不潔だ」ということではなく、物理的に同条件で管理するならば畳のほうが汚れが取りにくいという常識感でお答えくだされば幸甚です。

もちろん床の素材は個人の好みなので全く自由でよいと思います。

ただ私の言いたいのは、昨今ダニや喫煙者の煙やアスベスト等の環境に神経質な方が多い一方で、「たたみ」だけは別扱いなのでしょうか。素朴に疑問に思います。


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A

和室と洋室のあるアパート住まいです。以前は洋室で寝ていたのですが、夏は蒸し暑く冬は冷えて乾燥して寝苦しかったです。それで和室にベッドを置いて寝るようにしたら、湿度が快適で助かっています。
畳や障子には自然の調湿作用があるから、人には優しい素材ですよ。
やはり日本の気候に合っているということじゃないでしょうか。

アレルギー体質の方はそれどころじゃないでしょうが、お子さまの勉強部屋にもいいらしいですね。

家を買う時には「清潔さ」だけを追求するものではないからです。 フローリングは確かに清潔ですが、底冷えがするのも確かです。 暖房コストを考えると畳の部屋が良いのでしょう。 石油ファンヒーターの方がアレルギーを起こし易く、部屋も汚し易いですが コストを考えてエアコンより石油ファンヒーターを選ぶ人が多いのと同じです。 ランニングコストもやや高めで初期投資もエアコンは高いです。

また、ベッドを家族分用意出来ないのも日本の家屋の現状です。 簡易ベッド以外は畳めないですから、その部屋は寝室以外の用途に使えません。 広く家を使いたい場合にはふとんの方が便利ですが、フローリングに直にふとんを 敷くと冷えますし、マットレスは腰に負担を強います。 ベッドを用いられない場合、健康の為には畳に薄い敷ふとんがベストなんですよ。

ごろん、ってカンタンに横になれる点と、子供が小さいとそのままお昼寝なんて手軽で便利なんですよね。日常使いのソファにお客様を通すのもなんですし。埃が目立たないので実際の清潔度はどうあれきれいにみえるのも畳ですし。

ベッドでなく布団を敷いて寝るのには畳のほうがいいからではないでしょうか?
私もフローリングのほうが掃除もしやすいので、和室にはウッドカーペットを敷いていますが、
その上に布団を敷いたほうが、元々フローリングの部屋に敷くより心地よく眠れます。
先ほど書き間違えたので一度削除しました。すみません。

畳の上で死にたいと思っている人の為なんじゃない。
  
自分もフローリングの方が清潔だと思うので、和室はいらないです。

和室は客間になるからひとつはあれば助かると思いました。うちは全室フローリングですので.畳はむしろダニも発生しやすく.タタミ自体が今はなかなか取り替えるのも大変だと考えてのことですが. お客さんが泊まる時はフローリングってなんか落ち着かないのですよね。やはりタタミのある部屋で寝てもらう方が相手の方も喜ばれます

冬はこたつにみかんという環境で育った人が多いからです。

やっぱ仏壇おくのにこまるからじゃないのー?

今どきお食事処や居酒屋に椅子席のみでなく、何故に座敷がある?というようなものでしょう
日本人なら床で直に座ったりごろんと寝転んだりするとよりリラックスできる人が多いはずです
洋間で椅子の生活が主体のオーナーでもあえて土や砂の壁+障子入りの窓を選択し、何よりフローリングと雖も材質が松などで市松柄などより短冊形の形状のを選ぶ人が多いのは和風の美に強い郷愁を感じている何よりもの証拠でしょう

和室にはマルチパーパスの合理性とスペースユーティリティというメリットもあり、蒲団を仕舞い卓袱台を出せば居間・食堂になり、深夜その逆にすれば寝室になるというフレキシビリティがありそれぞれに独立した部屋を設置するより省スペースです。これは土一升金一升と言われる日本で最大のメリットです
このことからこの先何ぼコンクリートや金属の家が主流になっても、日本の家から和室がなくなってしまうことはないと思います

「日本人だから」というのが一般的な理由になるのか、確信が持てないのです。

日本人だから、日本古来の「ちょんまげ」「かみしも」「かたな」「おはぐろ」が、現代の生活に情緒を添えてくれるとお感じになりますでしょうか。レベル感でいうと、私にとって畳はちょんまげクラスと同等です。

もちろん最終的には好みなので、その点は論点にしていません。

私は純粋日本人ですが、正座もあぐらもできないので、なおさら畳は困ります。

畳・・フローリング・・確かに清潔感から言えば、フローリングに軍配が上がるでしょうね。
でも日本の気候を考慮すると、畳に障子・真壁(土壁)がベストなんですよ。

日本の気候は温暖多湿なんです(近年特にその傾向が強いですね、地球温暖化にもよりますが・・)。
フローリングでも、天然木を使用すればよろしいのですが、床材に天然木を使用すればコストが跳ね上がります。ただでさえ、最近の建物はコストダウンと工期短縮(これもコストダウンの一種ですが)で土壁も使用しない現状です。 せめて、土壁が使われていない家屋に、湿気の吸収・排出機能のある畳と障子はいつまでも残して欲しい・・と願わずにはいられません。

畳のダニや埃は畳の目に沿って、ゆっくりと掃除機を動かすと良い・・とききました。
 
なぜゆっくり動かすのか?最近のダニなどは掃除機の音で畳のある程度の深さに逃げ込もうとするらしいのですよ。そんな状態でさ~っと動かせば、ダニを吸引できない・・と言うことが理由だと言われています。
いずれにしろ、私は土壁・畳・障子のある家屋に住んでいます。勿論PCルームはフローリングですが・・・。

===補足===
確かに貴方の仰ることも一理あると思いますが、洋式トイレと畳・・これは比較すべきものではないと思います。

最近の何もかも様式化で、随分日本の生活も変遷いたしてまいりました。何も日本の旧態依然とした生活様式、慣習にこだわるわけではありません。良きものは取り入れ、悪しきものは改善する・・これは道理にかなった行動だと私は思います。 日本の食生活一つをとっても、魚より肉・・となり、最近特に色々な面で魚を摂取することの大切さを議論されているように見受けられます。 色々な面で、日本の気候・風土にあった改善・進化は歓迎できますが、何もかも西洋化が良いという勘違いだけはして欲しくないと思うのは私一人でしょうか。

私は東京の都心3区と呼ばれるところにすんでいます。ご回答者様の地域性を考えると「なるほど」と思いますが、都心では望むべくもありません。。残念です。

ほんのちょっと昔、お年よりは当然「和式便器」に慣れ親しんでいるだろうからこれが精神的にも良いだろうと考え設置したところ、結局お年寄り自身が「洋式」を要求したと言う話が多く聞かれました。なぜなら洋式のほうがお年寄り自身ラクだからです。

「あぐら・正座」と「椅子」も同じように、人間工学的に考えれば「椅子」のほうが身体への負担が少ないのではないでしょうか。。何か間違っていたら教えてください。

ご回答ありがとうございます。私が申し上げたかったのは文化論ではなく、人間工学的な見地から「より人間にとって自然な形はどうなのか」ということです。また西洋化という単語は1回も用いていない点は申し添えます。

例えば医師に言わせると、服装の場合、男性は洋装であるワイシャツ・ネクタイよりも和服のほうが肉体にとって自然です。これは胸元や首を締め付けないからです。

気持ちや文化や情緒ではなく、どちらが人間工学上、科学的に自然なのか、そこが気になるところなのです。皆、気持ち論を根拠に肉体的に「無理なやせがまん」をしているのではないかという気持ちもあります。

もちろんご本人が良いというのであれば、最後は「どちらでも良い」のですがね。.

現在の畳は、畳風に仕上げた物で、ダニの発生などを抑えるような素材で出来ていて
掃除なども簡単に出来ているので、本物の畳よりもメンテナンスも簡単です。

やはり、日本人として和める和室が欲しいのでしょうね。

家は和室が2部屋ありますが、本物の畳では無いので気にいっていません。
本物の畳が欲しいですね。

やはり畳の生活にこだわる人が多いからでしょう
うちは新築でマンションを買いまして、畳の部屋がありましたが、入居時にフローリングでバリアフリーに替えて貰いました
子供の頃の生活習慣にこだわる方が多いようです

日本人として客間は和室じゃないと と思ってしまうので 和室が欲しい人間の一人です。

機能性云々ではなく 雰囲気の問題です。

確かに、畳よりフローリングの方が管理する労力は少なくてすむでしょうね。にも関わらず和室が好まれる理由は、ご自分でも書いてらっしゃいますが、純粋に個人の好みの問題でしょう。
畳の素材への愛着が大きい人がいて需要があるから、メーカーも和室を組み込むのではないですか。
完全に洋風のつくりの部屋にわざわざ畳敷きにスペースを作ったりしているところも多いですよね。

「昨今ダニや喫煙者の煙やアスベスト等の環境に神経質な方が」多いとも思いません。
一部の神経質な人やアレルギー体質の人が目立つだけで、全体の中ではまだそれほど多数派ではないと思います。
もちろん、アレルギー体質の方には同情しますが、世間全体がそういう方々のレベルに合わせるて規制したりすると、日常生活にかかるコストの増大や経済活動の停滞など、別種の問題も発生する可能性があると思います。

===補足===
ちなみにぼくも畳派ですね。
フローリングの部屋は落ち着かないので好きではありません。

畳に信仰心がある人がまだまだ多いということでしょうか。

畳の方が汚れても張替ればいいという点では人の入れ替わりが多いマンションでは良いかもしれません。フローリングの床の張替は工事になってしまいます。

ぜったい畳の部屋が欲しいタイプです!
理由は・・・突き詰めると「情緒」ってところに行き着くかなぁ。
フローリングの清潔さや機能面は認めますが、ペタンと下に座ったときの気持ちよさや落ち着きは洋間では得られないものです。


私もダニなどの心配があるので、 (アレルギーがある為) フローリング派なのですが、 同じことを考えていました。

日本人だから畳の部屋が1つくらいほしい と思う人が多いのでしょうか。

余談
畳からはダニは出ません。もし出たなら近くの保険所へもって行って下さい。何が原因か調べて頂けます。ダニが出るには理由があります。何故でるのか原因を探してみてください。畳ではないはずです。
毎日一回ずつ掃除をしていただければ必ずダニは出ません!

フローリングからアレルギーになることがあります。私のブログを再度お読みください。


今話題の「お・も・て・な・し」は畳の部屋からです。(和室)




人は人の所に集まる           独り言・大事な物

住まいのかたちアンケート             「無印食品の家」から

【家族の団らんは食事が中心】
現在の団らん場所で最も多かった回答はダイニングテーブル(47.5%)でした。 アンケートの結果から、茶の間やこたつが日本人の原風景と考えられますが、茶の間の発展形がダイニングなのでしょう。今も昔も、団らんの中心は食事といえそうです。

【こたつで団らん】
将来の団らんのイメージは、1位リビングソファ、2位ダイニング、3位床座、4位こたつ、5位テラス、6位茶の間…と続きます。
4位のこたつ(29.2%)は、日本人の文化といえるでしょう。現在だけでなく将来も、こたつで団らんと答えている人が多いことも、興味深い結果でした。

【いつかは2人でゆっくりしたい】
これがみんなの理想ですね。将来の団らんで一緒にいたい人のトップは配偶者(92.6%)でした。時間も3時間以上という人が19.9%となっています。家族の最終形は2人です。そのときにゆっくり快適に過ごせる空間がほしいものです。

【将来はいろりで団らん】
いろりで団らんをしたいと答えた人が2.0%います。現状でいろりを持っている人は少ないと思いますが、いろりのある家庭も将来増えてくるのかも知れません。

団らんの理想形は、子供の頃の楽しかった原風景と大きな関係性がありそうです。

余談
日本人は床座が好きなんです。 ( 畳 が 一 番 )
こころ休まる所なのです。
それが家族のしあわせに繫がるのです。



和室の必要性   NO6  独り言・大事な物

和室必要?不必要?      「住適空間」より

和室へのリフォーム
和室なしプランで押入れがなくなること
今度購入するマンションの間取り変更プランで家族全員分の個室が欲しくて標準の和室を洋室にしようか迷っています。 問題は押入れが無くなることにより布団がしまえません。また通常和室って客間のイメージがありますが、残しておくべきなのでしょうか?ご経験された方、アドバイスお願いします。

うちは4LDKを3LDKに間取り変更して、和室を無くしました。広いリビングにしたかったので。(クローゼットは残りました)家族の寝具はベッドを使用、親が来た時はゲストルームに泊まってもらえば布団を入れる押入れは必要ありません。 ゲストルームがあるなんてウラヤマシイですね。うちのマンションには無いので悩みはやはり地方の親が泊まりに来た時に寝具をどうするかなんですよね。LDと一体でバルコニーに面しているので戸を開けば開放感があるのですが、逆に壁面が無くなるのでテレビや共用のパソコンを置くスペースが無くなるので迷っています。でもゴロリと寝ころぶことのできる畳も捨てがたくて判断つきません。

和室は残して、夫婦の寝室にすればいいのでは?テレビやパソコンを置いても布団を敷くスペースは残るしたたんで押入れにしまえば昼間はゴロゴロできますもんね
洋室はベットを置けばそれで終わりですが和室を寝室にすれば布団なので押入れにしまえば客間や昼間のごろ寝にも使えます。収納も開き戸より引き戸の押入れの方が便利だし間仕切りも良く使い勝手が良いですよ。最近は和室も見直されて来ているみたいです。照明や収納家具もモダンで素敵なモノも増えてますよ。


うちも間取り変更で和室をなくしてフローリングの書斎に変更しました。クローゼットはありますが押入れはありません。私たちは普段はベッドで寝ています。客用ふとんは、貸しふとんを利用しようと思っています。年に1回あるかどうかの客のためにふとんを収納しておくスペースがもったいない&スペースはないので、まだ泊まりの客は来ていないのですが貸しふとん屋さんを利用するつもりです。

貸し布団を借りても敷く場所がないのでは…? うちの場合は他に洋室があるので、貸しふとんを敷く場所はあります。うちの場合は家族が少ないので使っていない洋室がありますが家族がそれぞれ個室を持って、客用のスペースがないということであれば、やはり近隣のホテルなどに泊まっていただくのがいいのではないかと思いますね。


なにより和室につきものの、押入れ。これが洋室になって、クローゼットになったら非常に困る。客用布団、自分や子供達の冬布団、子供が昼寝するときの長座布団…オール洋室の人達って、こういったものをどこにしまってるんだろう?
リビング拡張を考えていますが、押入れが無くなると布団の収納に困ります。拡張された方、布団はどうしましたか?クローゼットには入りません。

もともと和室だったところをリビングとして拡張するということでしょうか?もしそうだとしたら押入れの収納部分をまるまる残してあげればよいのでは。もちろん襖ではなく、クローゼットの扉をつけて。そうすれば奥行きも確保されたクローゼットになると思いますが、どうでしょう?

私の知人はそうしたようですよ。 一応拡張した場合には押入れが2つに分かれたクローゼット(と言うか戸棚のような収納?)になるらしいのですが、布団って入りますかね?入るのでしたら大満足なのですが。
うちも中和室を洋室にプランニング変更しました。でも布団を入れる収納をどうしてもほしかったので、押入れのスペースを「布団収納」というのにしてもらいました。そうすると、リビングとの仕切りの引き戸と布団収納の引き戸は両方とも同じ素材の上からの吊り引き戸になりました。

他の洋室のドアと同じ素材です。(和室だとリビングとの仕切りも押入れの引き戸もふすまになりますよね)布団収納内部は、上の方に天袋の代わりの棚が作られている他は、普通の押入れと同じです。あ、床もフローリングの続きになっています。


余談
和室は只の部屋ではないのです。
日本人の部屋なのです。
和室は客間でもあり、居間でもあります。(寛ぎの場所なのです。)


つづく


和室の必要性   NO5  独り言・大事な物

和室必要?不必要?      「住適空間」より

中和室のメリット

うちはまだ子供が小さいこともあり、中和室にみんなで寝ています。中和室は窓が無いので、冬寝るにはとても暖かいです。夏はリビングのエアコンをつけると、適度に涼しいです。あと和室の良いと思うところは、お客様が来たとき、人数によって柔軟に対応できることと、ひなまつりや子供の日、お正月など飾り物がしっくりくることくらいでしょうか?うちも和室で寝なくなれば、大して使わないかも・・・と思ったので、和室はバルコニーに面しているのではなく中和室の間取りを選びました。あまり使わない部屋が日当たるより、よく使うリビング等に日が当たって欲しかったので。

田の字型で角部屋じゃない中和室は、一番外の音の影響を受けない部屋になるので、赤ちゃんを寝せるにはいいですよ

[編集] 和室と洋室の比較

畳+コタツ→結構腰が痛くなる→座椅子が必要→長時間はきつい→横になってごろ寝→ついつい寝入ってしまう。

フローリング+ソファ→部屋全体の暖房が必要→特定の場所に座るので、ソファの傷みが局所的 結局我が家は、ごろ寝の習慣がついてしまいコタツ禁止にしました。今度のマンション4LDKには和室ゼロ

和室には障子があるのでカーテン代がかかりませんでした。でも東南に窓があるため、朝日がまぶしいのが難点。難点はいまのところ、それだけ。利点は夏はリビングとの仕切りをなくせば風通しがよくなりすずしい。冬は仕切りをすれば暖房代の節約になる


洋和室
リビング横の部屋を和室か洋室かと選択できる物件だったのですが標準の和室・洋室のスタイルではなく、少しだけ費用をかけて洋和室(?)にしてもらいました。6畳分のスペースの中央に畳3枚だけを敷き、周りをリビングと同じフローリングで囲みました。押し入れを観音開きの吊りタイプのクローゼットに変更。畳分のラグを敷けばリビングが拡張した雰囲気になり、ラグを取り払えば和室感覚の雰囲気が楽しめて満足してまーす。


うちはリビング横の6畳和室を設計変更してもらって同じように琉球畳をリビングと同じフローリングで縁取りました。リビングが広くなった感じにも関わらず畳もあるのでかなりオススメです。追加費用15万だけでした。リフォームだともっとお金かかるんでしょうね。

その変更プラン、私がまさに望んでいたものでした。来客の宿泊できる部屋は必要だけれど、そのために普段使わないスペースになってしまうのは勿体無い気がしましたので。板で囲んだ琉球畳はリビングにも客間にもなりますよね。でも、残念ながらそんな変更プランは無く、結局ノーマル和室になりました。

うちは入居して数年後に和室をリフォームしました。壁一面に収納をつけ、押入れを木の折り戸にして、床は収納面と同じ色の明るいフローリングに。リビングとの境は格子扉の引き戸にし、窓に面した部分の障子はそのまま残しました。夏は中央部にユニット式の置き畳み(琉球畳)を置き、冬はキリムを敷いています。純粋な和室ではなく、“ネオ和室”という雰囲気です。リビングが北欧家具ですので、完全な和室より全体のバランスが取れたと思っています。




余談
畳を好きな人は日本の風土や家族を大事にしますね?
また、和室を作る人はやっぱり日本人なのですね?
畳が良いと言う事も知っているんですね?


つづく

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