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正座の歴史        大事な物・独り言

    正座の歴史

正座をすると、気がひきしまるという気持ちは誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。
日本人といえば正座、という図式がまかり通ってる今日この頃ですが。では日本人は古来より正座をしていたのでしょうか?  答えはNOです。

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実は正座というのは、日本に浸透してまだ100年ほどしか経っていないのです。100年といえば、1世紀ですよね。正座はまだまだ若い歴史しか持っていないのです。江戸時代(1603~1867年)の中期頃では、正しい座り方は立て膝であり、アグラだったそうです。当時は現在での正座は「危坐(きざ)」または「跪坐」と呼ばれていました。私はアグラが正しい座り方だと言われていたことを知って、非常に驚きました。今では公衆の面前でアグラや立て膝なんてちょっと好ましくない格好です。男性がやったら許されるかもしれないけど、女性がやったら躾に厳しい両親なら叱るでしょう。

それが、茶の湯で有名な千利休(1522~1591年)までもがアグラをかいていたというのです。そもそも正座の元となる姿である格好は「かしこまる姿」という意味で使われ、本来仏事でしか使わないものです。なので、それ以外の場所での正しい座り方とは、アグラや立て膝のことだったということなのでしょう。考えてみればそうですよね。平和な今でこそ関係ないですが、武士たちの時代であるところの江戸時代に、動きづらい膝を折る「正座」をわざわざ日常で使ったりはしないでしょう。

すぐに刀が抜けて動き回れるような姿勢が望ましいでしょう。さて、では「正座」という言葉はいつ頃でてきたのでしょうか?この言葉が初めてでてきたのは、1882年の「小学女子容儀詳説」においてであると言われています。そしてその「正座」は単に「正しい座り方」という意味だったそうで、その格好は、今のとは違うものだったとも言われていますが、定かではありません。その当時の「端坐」という座り方が今でいう「正座」の格好であり、それが「正しい座り方」とされて「端坐」=「正座」となって一般市民に普及したのは、1941年に修身の中で教えられたからだという説があります。

修身というのは道徳のようなもののことで、修身の教科書(1872~1945年)に基づいて行われる教育のことです。これによって、我々の祖先はほとんど強制的に「日本人は正座をするものである」とすり込まれたも同然なんです。ではなぜそのようなことをされたのか。そのことには実は大きな意味があったのです。日本は鎖国をしていました(1639~1858年)。鎖国をしていた日本では、「自分は日本人である」という認識がとても希薄でした。今の我々も「私たちは地球人である」という認識は少ないと思いますが、これが宇宙の人と交流を持ち始めたら、「私たちは地球人だ!」という認識が強まると思います。 これと似たようなことです。

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外国人と交流を持ち始めた日本人は「自分たちは日本人である」という意識が強まりました。そして外国の人に対抗するためには「我々はとても立派な日本人である」という証が必要だったのです。その象徴が、正座に現れたのです。このような過程から、国は、日本人である証として「正座」を普及させたのです。こうしてみると、正座というものには政府の企みがありました。そしてその政府の企みは、まんまと成功するに至ったということです。気軽に私たちがやっていた正座には、こんな深い歴史的背景があったのですね。

                  「日本正座協会」より     執筆者:上村樹様


余談
畳は100年前には庶民も使うようになりました。また、庶民が行う正座も武士同様に、日本人の『義=人として守るべき道「礼から始まり、礼に終わる」』生活の中に取り入れたと思われる。

正座はある意味、相手に対しての心ずかい=「思いやり」「おもてなし」ではないのでしょうか?

それも、畳の上から・・・大事にしましょう。畳を!!



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