タタミのあなみずのブログ

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日本人と柔道            独り言・大事な物

日本文化における畳と柔道における畳。

「いにしえの自然と奮闘記」より http://blogs.yahoo.co.jp/ekohousu2006


柔道には欠かせない畳について話したいと思います。

前置きとして畳の話しは、神話や神様、歴史、文化など一緒に書かれていることから現代人にとってわかりにくいですが、嘉納治五郎師範、柔道の発祥である明治初期のその時代に生きた人達が現代人以上に神話や神様、異文化の遭遇を身近に感じていた頃の人々の考えを察していただければ(タイムスリップ)見えてくるもことかもしれません。

日本人に割りと近くにある畳。マンションや住宅の広さにも使われる何畳とはフローリングでありながらも何畳と今だ示される。寝て一畳、起きて半畳という言葉もありますが、畳のことは面白いほどに日本人ですら知られていない。

身近な存在だからこそからかもしれませんね。柔道の伝統、文化というときに歴史的な日本の畳についてはまったく記されていないこともあり、辞典に載ってない本当のお話しをしたいと思います。

古来の畳の芯材は稲藁を麻糸で縫い、表面のゴザはイ草やカヤツリグサを織ったものを使ったものであるが、日本一最古の現存する国宝の畳を知っているだろうか?

畳は中国や韓国から伝来したものではありません。日本固有のものですが、日本最古の畳は奈良県大仏殿の北西に位置する「正倉院」に聖武天皇(724年- 749年)と皇后が使用された畳が1200年以上現代に残されています。

最古の畳は天皇の象徴の座として使われ国を司る神事にも重要なものとしてあります。古来から布団や座布団の原型、原点でもあることから日本人にとっても親しみのあるものです。「正倉院」に残される聖武天皇と皇后が使用された畳の芯材はイネ科であるマコモという草である。

このマコモはお釈迦様が病人をマコモの筵(むしろ)に寝かして癒したという神話は日本のみならずインドに残されているように、そのマコモを使った筵を畳の芯材としておお麻や獣の糸で縫い畳表はいぐさを使い加工している。その後、永い日本の歴史から畳の芯材は天照大神に由来する命の根といわれる同じイネ科である稲藁が使われている。稲がなると書いて稲荷、稲荷神社は日本人の主食となるお米や稲の神様である。

考古学では、奈良県に唐子・鍵遺跡ミュージアムには、弥生時代である約2000年以前のおお麻糸と現代の織職人には再現できないほどの麻布と畳表(ござ)に織られるイ草が出土されている。宗教上おお麻やイ草が使われていたというがわかるが、聖武天皇の畳以前にさかのぼること2000年以前に素材として存在していたことは歴史的にも重要なことである。

私達日本人にとっても主食のお米は日本の神々におけるものであり、近年までも身近な存在でり、日本人を生き永らえた大切なものでした。

嘉納治五郎師範が神聖な畳とは、たんなる床材でもマットではないことは言うまでもないのでしょう。
現在、柔道はJUDOになり畳はビニール・プラスティック素材となり、海外ではジョイントパットまでも畳といわれ、会場一面に敷かれるレスリングマットは日本人として悲しいことかもしれません。言っておかなければならないがビニール素材のJUDOマットは悪いわけではない。怪我を少なくし年齢関係なく多くの国々の人達に広がるものとしてマットは有効です。ただ日本人として日本から世界へと「道」が受け入れられ嘉納治五郎師範の柔道であり日本の文化を継承するものであるのであれば、古代から繋がる人々の思いや精神を忘れることは悲しみが残るのではないだろうか。

嘉納治五郎師範は近代における教育の父ともいわれる偉人である。
1882年 上野稲荷町にある永昌寺の敷地に12畳の道場と7畳の書院を設け、柔道、講道館を立ち上げますが、この明治初期当時の柔道とはどれも知られておらず、日本の文化と繋がりのある「畳」を通して将来の日本における教育と精神を広げていったのである。また、その「道」にある道徳心や日本人の精神は「共存共栄」であったのでしょう。


この嘉納治五郎師範が研究に継ぐ研究をして作り出された柔道畳は、畳を柔道に使った1882年頃の畳は構造上により柔道にまったく適していなかった。この頃の畳は一度に投げ技をすればたちまち畳のゴザの経糸は切れて見るも無残に成っていったことは検証済みです。本来畳の上では飛んだり跳ねたりする目的では作られておらず、昔の人は畳の上では静かにする、畳の縁を踏まない、畳の縁を踏むと縁起が悪いまでいわれ、多く使われていた寺院でも座禅でも使われるように華道、茶道の日本人の精神を高めるものとしてもあったのだ。

だからこそ素材を変えて製法までも劇的に変えることまでした嘉納治五郎師範の執念たる思いは並みの考えではなかったのである。また、この畳を進化する再に天皇家や公爵、男爵といった皇族専属の畳職人と知り合いになり息子までも「柔道は永遠にあるのに畳屋一代では困る」と説得を重ねており最終的には講道館専属の畳職人になっていくのだ。畳なくして柔道にならずという思いは創設者と教育の父といわれる存在でなければわかりえないものであったのであろう。

私どもが今、柔道の畳を復元しているのも柔道に留まらず古来の日本人より繋がる強く、やさしく、美しくとなる武士道や精神を未来のこどもたちに戦争の無い、戦争の過ちを犯さない平和を伝えていくものでありたいと願いを込めて取り組んでいるのである。


余談
日本も、今、世界のJUDOと同じようになりつつあります。本来の畳では無く、ビニール素材のJUDOマットに全てが成りました。では、柔道の精神はどのようになりましたか? 柔道の精神は人に「勝」だけですか?

柔道=嘉納治五郎師範の神髄が解ると思います。

畳は、日本人の精神そのものです。
それは、「道」=「お・も・て・な・し」です。



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